まったなし!

暑くもなく寒くもなく過ごしやすい陽気になってきましたね。倉庫の中はまだまだひんやりとしてますが。先日、都丸書店に行ったときに社長と奥さんがHP見たよと言って下さり嬉しかったのですが何だか恥ずかしさもありもっと頑張らなきゃいけないなとあらためて思いました。水たま書店は今はネットでの販売だけですので直接会ってお客さんと話す事ややり取りがあるわけではないので少しでも買われる方が安心していただけるように短い文章でも更新していきたいと思っています。
前にも書いたと思いますが1人で働くようになってから夕方に相撲を観るようになりました。先日、千秋楽が終わり鶴竜が優勝しましたね。あの気迫あふれる相撲に仕事をしながら感動してしました。これで来場所は3横綱になるんでしょうか。白鵬、日馬富士、鶴竜、3人ともにモンゴル出身の力士で現在、日本人の横綱はいません。実力の世界なんで仕方が無いでしょうができれば日本人力士にも頑張ってほしいです。勢関に千代鳳関、頑張れ。衣食住付でご飯はたらふく以上に食べれますし関取になれば給料もそれなりにもらえます。かなりの高待遇だと思いますが、日々辛く厳しい稽古に耐える精神力と肉体が必要なのでそんな甘い世界ではないでしょうね。八百長問題や暴力問題など色々ありましたが相撲と言う日本の素晴らしい文化がこれからももっと沢山の人たちを楽しませてくれると思っています。これから春の巡業に周るみたいなんで機会があれば観てみたいです。100キロと100キロの裸同士がぶつかり合うんですから面白くないわけがないです。

仕事の話。今日、目録を更新したのでよかったら見てください。まだまだ少ないですがこれからもっと在庫を増やしていきますので気長に見守っていただけたらと思います。全集物やセット物も少しずつ増えてきたのでもっと充実していけるように頑張ります。

防波堤で見た景色 BEGIN

時をかける少女

姉に仕事の事より出来事を先に書いた方が良いよとアドバイスをもらったので母親に人の言う事は素直に聞きなさいと言われてすくすく育った私は仕事の事を後に書く事にしました。気づいたら仕事の事がなくなりただの私の私的なブログになってたなんてならないように気をつけます。仕事のブログとは言え例えば紙の日記帳に日記を書いているのを家族に見られたら転げ回る程恥ずかしいですがブログって横文字になってパソコンで見る分には恥ずかしさも半減しますね。Twitterなんかも紙に書いたただのメモだったら友達に見られたら恥ずかしいと思うのは私だけでしょうか。母親のメモ帳に「渋谷なう」なんて書いてあったら少し大丈夫かなって心配になっちゃいます。

この前、ふと何故日本にいる外国人が異性を口説く際にストレートで情熱的なんだろうと英語教材のCMを観ながら考えてました。これはイメージでしかないので実際に外国人がストレートで情熱的なのかは知りませんが日本人よりは情熱的な感じがします。それはきっと知っている語彙の数の違いなんじゃないのかなと思いました。例えば自分が外国に行き、素敵な異性と出会ったとしてどのように気持ちを伝えるでしょうか。「きゅーと」「ぷりてぃー」「あいらぶゆー」などそんな単語しか私は思い浮かびません。しかし、もし英語を話せたならもっとロマンチックな事を言えたかもしれません( きっと)。それは日本にいる外国人の方も一緒で日本語をあまり知らないと「可愛いね」、「綺麗だね」、「愛してるよ」などどうしてもストレートな言葉になってしまうんじゃないでしょうか。でもそれが「あいらぶゆー」を「月が綺麗ですね」なんて訳す民族からすれば情熱的でストレートに感じてしまうのかもしれないですね。きっと日本語がペラペラしゃべれるなら「バラという花にどんな名前をつけようとも、その香りに変わりはないはずよ。」みたいな詩的でロマンチックでわけの分からない事を言うのかもしれません。
国に関係なくシャイな人はシャイでしょうし明るい人は明るいですから結局はその人がどうかって事なんでしょうがたまにはストレートに気持ちを伝えるのは大事な事だと思います。言語とはどれだけ単語を知っているかとか文法がわかっているかではないのかなと思います。気持ちをどれだけ伝いたいか、どれだけ話していて楽しいかって事が大切なんじゃないでしょうか。酔っぱらうとわけのわからない事を言って友達を困らせるっていう癖をこれからは改めていきたいと思います。

仕事の話。今週は仕入の難しさを痛感しております。市場に行けば山のように本がありますがその中から自分のお店にあった本を見つけ出し仕入をする。わかってはいても上手くいかないです。先輩書店さんと話したり仕入の仕方を見て少しずつ勉強させていただいています。お客さんに目録を見ていただいた時にもっと楽しめる品揃いにしていけるよう頑張ります。今月末にはまた目録更新いたします。

時をかける少女 / ガーネット

禁煙 喫煙

昨日から本当に春らしい陽気になってきましたね。店舗なし自営業なんで少しは公園でも行ってボーっとしたいんですが中々そうもいかず、毎日仕事に追われてる日々を過ごしています(ありがたい事ですが)。本当に時間の使い方が下手だなと思いますが少しずつ改善していこうと思ってます。これから自分でお店をしようと思っている方はきちんと計画を立てないと私みたいな、はちゃめちゃな時間の使い方になるので気をつけて下さい。

震災から三年がたちましたが丁度、禁煙をはじめてからも三年がたちました。まさかこんなに長く禁煙できると思ってなかったので自分でも驚いています。喫煙者の方なら1度は試みたであろう禁煙。中々上手くいかないですよね。私も禁煙にチャレンジしては挫折してきましたがもう今後タバコは吸う事はないと思います。禁煙をするきっかけになったのは震災・原発事故でした。震災後に友達数人で居酒屋でお酒を飲んでいました。その時にタバコを吸いながら「放射能怖いね」なんて事をあーでもないこーでもないとでたらめに話していたのですが、その姿が後日思い返すとなんだか滑稽に思えてきて恥ずかしくなりました。放射能も怖いでしょうが毎日吸っているタバコの煙はもっと怖いですから。タバコを吸いながら放射能怖いねなんて話してるのは、凄く太ったダイエットインストラクターや眼鏡をかけてるレーシック医師、楽譜の読めない現代のベートーベンぐらい説得力がなく滑稽に見えてしまったのです。なので、元々極端な性格の私は放射能にビビらないかタバコを止めるかの二択を自分に問い、タバコを止める決意をしました(放射能にビビらないって今考えると意味が分かりませんが)。もちろんはじめのうちは吸いたくて吸いたくて仕方がなかったですが徐々にそんな気持ちも無くなっていきました。それでも、今もまだお酒を飲んだりするとタバコを吸いたくなります。やはりタバコ恐るべしです。
タバコに続いて今年はお酒の量を減らしていこうと思っています。止めるのは楽しみが減るので無理だと思いますが酒を飲んでいるのか酒に飲まれているのかわからない状態が多々ありますので少しは上品にお酒と付き合っていきたいなと思っています。

そう言えば最近はテレビでタバコを吸っているシーンをあまり見ないですね。昔はウルトラマンの劇中でもタバコ吸ってましたからね。何か理由でもあるんですかね。

スモーキン・ブギ

なんとなく

自分でお店をやるようになってから、仕事は足し算ではなく引き算だと考えるようになりました。手をつけようと思えば膨大にある仕事の中からいかに効率良く仕事を選び、やり方を考えるか。これはその会社の歴史でもあるので日々考え積み重ねていくしかないですね。特に1人でやっていくにはきちんと考えないとすぐに1人の処理能力を超えた仕事量になってしまいます。私自身も考えないと日々仕事が終わらない事が続いています。仕事の流れをきっちり作っていく事の大切さを身を持って感じています。

最近ニュースになっていたマレーシア航空の旅客機の行方不明事件。私は旅客機なんて常にレーダーか何かで追跡されていて行方不明になるなんて無いと思っていたのでビックリしました。またSTAP細胞の論文の騒動も科学のかの字も知らない私でも知っている「ネイチャー」紙に論文が載るならそれなりにきちんと審査されてるんだろうなと思っていたら、なんだかそうでもなさそうな感じで後から後から色々と出てきてますね。このように無意識のうちに自分の中で思い込んでいる事はひょっとしたら生活の中にも沢山あるかも知れないです。それは◯◯だから安心とか、◯◯が言っていたらか間違いない等自分では調べる事もその科学的、医学的根拠もわからず食べたり行動する事があると思います。例えば私はお酒を飲む日にはウコン入飲料を飲みますがその効果などは正直自分では全くわかりません。ただ何となくみんな飲んでるし効くだろうと思って飲んでいます。
1から10まで全てを調べて生活する事は出来ませんが「不安は最高の餌である」と少しは意識して生活しないとなと自分の生活を振り返りあらためて思いました。知らない内に選ばされてるって事がもしかしたら沢山あるかも知れないですね。

友部正人 どうして旅に出なかったんだ

2014年3月11日

東日本大震災から今日で3年がたちました。皆さんはあの時、どの様に過ごされていたでしょうか。私は以前勤めていた高円寺の職場であの地震にあいました。ちょうどお客さんがレジにいらっしゃった時に自動ドアがカタカタ揺れ始め「何かな」と思った次の瞬間に経験したことのない大きな揺れが私を襲いました。お客様と社長の奥さんそして自分との三人でレジの奥の階段下まで行きそこで揺れがおさまるのを待っていました。生まれて初めて自分は死ぬんじゃないかと思い、家族の顔が頭に浮かんできました。その経験は自分の人生にも大きな影響を与えたと思います。

昨日テレビで家族が津波にあわれた方のインタビューがやっていました。その中で印象に残った言葉がありました。

「あの日から時間は止まったままです。」

その方は息子さんが津波で流され現在も行方不明との事でした。その言葉は行方不明になって3年たち亡くなったであろう悲しみからなのか、それともまだ遺体が見つかっていない事から、もしかしたら生きて帰ってくるかもと言う希望的な意味もあるのか真相はわかりません。
時間とは目に見える海、山、川、空、そして目に見えない空気そんな自然の一部だと私は思っています。ですので人間の感情とは無関係に流れていきます。そんな感情とは関係なく流れていった3年間で沢山の人たちが「生きるとは」「死ぬとは」「復興とは」「政治とは」「原発とは」など哲学的な問いを生活レベルまで押し下げ様々なアクションを起こしてきました。ある人は歌を歌い、ある人は本を書き、ある人は選挙に立候補し、ある人は仕事を辞め、ある人は選挙に行き、ある人はデモに行きそれぞれ色々な事を考えたり行動してきたと思います。しかし、私たちの時間はあの日から動き出しているんでしょうか。ベルトコンベアーに乗ったように無意識に流れていく時間の中で色々な生活の変化はありましたが、ふと足元を見れば一歩も踏みだせていなかったのかも知れません。10人いれば10人の生活があり、その一つ一つの生活が戻ることはありません。食卓を囲み50cm隣にいた何年、何十年と連れ添った風景の一部の様な笑顔・ぶっちょう顔を失った悲しみ、その50cmの悲しみもまだまだ埋められてはいないのです。

東日本大震災 死者・行方不明者 18550人。

ペテン

最近は少しずつですが一週間で自分一人がさばける量がわかってきました。あまりに大量に仕入れても本に埋もれてしまうのでそこら辺を考えないとスペースがあまりない私のような本屋さんはすぐに本で埋め尽くされて身動きがとれなくなってしまいます。今は蔵書を増やしているところなのでまだ良いですがこれから倉庫がパンパンになった時にちゃんと考えないと恐ろしい事になりそうです。毎日毎日、勉強させてもらってます。来週もがんばります。

先日、電車から降りてホームを歩いているとおばさんが横から突進してきて私を軽く突き飛ばし何も言わず発車寸前の電車の中に消えていきました。みなさんも経験のある出来事だと思います。別に腹が立つこともなかったのですがふと「謝るって難しいな」と考えてしまいました。ちょうど昼間に会館のテレビでゴーストライターを使って人をだましていたと言う方の謝罪会見の特集がやっていました。詳しい事を知らないので彼が誰に向かって謝っているのか、何故記者の人たちはこれでもかと彼を責めているのか良くわかりませんでした。確かに彼は悪いことをしたんだと思います。沢山の人たちに迷惑をかけたんだと思います。しかし、「騙していたのは悪かったけど曲は良いよね」って話はあんまり聞かないですね。なら彼は何を騙していたのでしょうか。「現在のベートーベン」とはベートーベンみたいな素晴らしい曲が作れるって事ではなくて、曲のクオリティはさておきベートーベンみたいに耳が聞こえないのに作曲できたよって事なんでしょうか。そうなると彼は障害者手帳を持っていたはずなので、それには医療機関の診断書が必要なはずです。そうなるとまずその診断書を書いた病院を追求しないとダメなんじゃないんでしょうか。ゴーストライターが作った曲を聴いても死なないですが、病院は誤診されると命に関わりますから。もし、彼は騙すつもりもなく誤診されていたのならそれはもっと大変な問題だと思いますけどね。他にもそんな(誤診された)方が沢山いるかもしれませんし!そして、国が手帳を発行していたのならその審査基準はどうなのでしょうか。彼が騙そうと思って病院を騙し、国も騙して障害者手帳を手に入れていたのならずさんな審査基準と言われても仕方ないと思うんですがね。そっちの方がゴーストライターより大問題だと思います。そして、彼は自分から「現在のベートーベン」と言っていたのでしょうか。もし、言っていたとして駅前で「私は現在のベートーベンです。現在のベートーベンが作った音楽聴いて下さい。」と拡声器で叫んでいて何人の人が耳をかたむけたんでしょうか。なら、誰が日本中に知れ渡るように彼を「現在のベートーベン」にしたんでしょうか。もしも万が一、彼は騙すつもりもなく耳が聞こえなくなり病院に行き病院で聴覚障害者と診断書され、国に身体障害者手帳の申請をし仲の良い知り合いと曲作りをしていたら、誰かしらの目にとまり「貴方の耳が聞こえないのを現在のベートーベンとして売り出して行きましょう。」とか言われ、あれよあれよで現在のベートーベンは巨大化していき、その時に耳がまた聴こえてきたら言い出せたでしょうか(この時点でゴーストライターは暗黙の了解になっていたとして)。何か謝罪会見を見ていて「散々持ち上げてやったのに、我々マスコミ関係者に恥をかかせやがって俺たちに誠意をもって謝れ」的に見えるのは私だけなんでしょうか。彼を援護するつもりは全くありませんし自業自得だとも思います。あくまで今書いたことは憶測ですのでどこまで彼が悪事をはたらいていたかは知りませんが、曲の持つ素晴らしさよりも作曲者や演奏している人間を重視する今の日本の音楽チャートを写した鏡みたいな出来事ですね。

ジャンルは違えど子供を騙すというロックンロールの基本みたいな事をやってのけた彼らは、逮捕歴のあるロックンロールバンドの曲が時が経つと教科書にのる国で再び評価される事があるんでしょうか。

The Beatles – Rock & Roll Music

見えないところ

今日、東京は一日雨でした。「なんだか春っぽい雨だな」なんて思ってましたが日に日に春に近づいていますね。昨日ラジオで言ってたんですが桜の花は1月~の平均気温の合計が500度~600度になったら花が咲くらしいです。なので1月からの平均気温を足していけば自分で開花予想ができるんですね。今月末には咲いてくれそうな気がします。仕事の方は少しずつ慣れてきましたがまだまだ軌道に乗るのは先になりそうです。一日一日頑張ります。

「トイレには それはそれはキレイな 女神様がいるんやで」。昔、こんな歌詞の歌がありましたね。我が家は1週間に1回~2回ほどトイレを掃除します。本当はもっと掃除した方が良いんですかね。掃除している方は知っていると思いますが、「なんでこんな所が汚れてるんだ!!」ってところが汚れてたりします。正直、「一体全体自分はどんな体勢でトイレをしてるんだ!!」なんて思ったりします。それでもトイレをキレイにするのは本当気持ち良いものです。地元にいる時に働いていた職場の社長が「お店に入ったら必ずトイレを見る。トイレの綺麗な会社はちゃんとしている会社だ。」とおっしゃってた事がありました。当時は若すぎるぐらい若すぎた精神年齢の私(世の中なんて全嘘っぱち!!とかそんな感じです。。)ですがその言葉は何故かすっと胸に入ってきて、今でもお店のトイレなんかに行くと思い出します。確かにお店は綺麗でおしゃれなのにトイレがめちゃくちゃ汚かった嫌ですよね。見える所だけじゃなく見えないところまで気を使えるお店になって行こうと思います。あの頃より少しは成長したかな。。

Simon and Garfunkel  :Bridge Over Troubled Water Live

戦争映画とカレーの臭い

土曜日、日曜日は近くの郵便局が閉まっているので本局まで商品を発送しに行っています。歩いていける距離なのでそれほど大変ではないのですがセット物が売れた時は持っていけない場合もあるのでその時は月曜日に発送さしていただく事になると思います。都丸書店で働いていた時は毎日佐川急便の方が取に来てくれていたので、今思えば本当にありがたい話ですね。

ブログを書いていると、「この話、前に書いたかな?」なんて事がたまにあります。もしこれから同じ事を書いていても優しく見守ってあげてください。人間(自分)の記憶力って曖昧ですね。                高校一年生の時に学校をさぼって映画を観に行ったことがありました。観た映画は「プライベートライアン」です。平日の昼間だったので映画館はガラガラで、田舎の小さな映画館の中にはパラパラとお客さんがいるくらいでした。その中に私の三列ほど前に20代前半ぐらいの男女が四人ほど座っていました。その男女の誰かが何故か映画館でカレー(もしくはカレーの臭いを発する何か)を食べていました。「プライベートライアン」を観た方はご存じだと思いますがノルマンディー上陸の際に若干残酷な描写もあります。その残酷な描写を見ながらカレーの臭いを嗅ぐ。。。私は「プライベートライアン」の映画の内容より「何故戦争映画を観ながらカレーなのか?」が気になってしまい殆ど映画の内容も分からず帰った記憶があります。後日、レンタルビデオになった際にもう一度レンタルして観ましたが最終的には、あのカレーの事が気になり映画のメッセージよりも「やはり何故戦争映画を観ながらカレーなのか?」と言う疑問が頭に浮かびました。映画館と聞いて思い出すのが1年前に映画館で観た映画の内容よりも十数年前にどこの誰だか知らない人が映画館で食べていたカレー(もしくはカレーの臭いを発する何か)の事なんですから人間(自分)の記憶とは本当にわからない物です。       昨日は3月1日(映画が安く見れる日)だったので映画でも見に行きたいなと思ってはみたものの腰が重く椅子から立ち上がることができず残念したのが本当に出不精の自分らしい出来事でした。もっとアクティブになりたい。

植木等 「スーダラ節」

ファミコンからスーファミ編

最近、仕事の進み具合が遅い気がしてます。これくらい仕事したから正解みたいなのが無いので何とも言えませんが、予定通りには進んでない事は確かです。時は金なり、誰が言うたか知らないですが頑張ります。「日本の古本屋」の出品も少しずつではありますが増えてきたので良かったらのぞいてみて下さい。

この前、久しぶりに秋葉原に遊びに行きました。「是非、お越しくださいニャン」とメイド服姿の女の子がお店のビラを配っている街、秋葉原です。仕事を辞めてからはアニメを観たり、ゲームをしたりという時間はかなり減りましたが、それでも時間があれば楽しんでます。
小学生の頃はうちの家にもファミリーコンピュータ(ファミコン)がありました。何故かカセットは王道なマリオとかが無くて少し変わったカセットが多かった気がします(名前は忘れました)。私と同じぐらいの年代( 30代)の男子( だんし)でゲームをやった事がないって人は「笑っていいとも」を観た事がないってくらい少ないんじゃないでしょうか。物心ついた時には既にファミコンは自宅にあったと思うので買ってもらった時の事は全く覚えていません。多分、兄か姉が買ってもらったんじゃないでしょうか。もちろんドラクエやマリオ、キン肉マン、高橋名人等、色々やりましたがファミコンは自分の中でゲームのスタートではない気がしています。小学生の時に行ってはいけないと言われながらも隠れて行っていた近くのゲームセンター。そこに私の人生を大きく左右したと言ったら言い過ぎかもしれませんが、それ程のゲームがありました。それは「ストリートファイター2」です。当時大人気だった格闘技ゲームです。後に色々と出る格闘技ゲームの火付け役と言っても良いのではないでしょうか。アニメの映画化、ハリウッドで実写化など名前ぐらいは知っている方もいるんじゃないでしょうか。その「ストリートファイター2」がスーパーファミコンで発売された時、それまでスーパーファミコンももってなかったので親に頼みに頼み、やっとジャスコの前のゲーム屋で買って貰えた時の事を今でも鮮明に覚えています。あの日、私のゲーム人生は始まりました。
昨日、秋葉原でPS4のデモ画面を観ていた時の表情はきっと小学生の時にスト2のデモ画面を観ていた時と同じだったと思います。一緒に行った友達が目を輝かせながら「クロノクロス」のサントラを買っていたのを見て、ふと昔の事を思い出しました。

スチャダラパー ゲームボーイズ

アメ村

市場での買い物は中々難しいなと日々頭を悩ませています。インターネットでの販売と店を構えて販売しているお店の1番の違いはやはりお客さんからの買取りの量だと思います。近くに古本屋があればいらない本があれば持って行こうかなと思いますが、パソコンの画面に住所が書いてるだけだったら中々本を売ろうとは思わないでしょうからね。水たま書店、買取りしてますよ!しばらくは市場での買い物がメインでしょうから頭を悩ませながら頑張ります。

昨日、仕入れてきた戦前・戦中・戦後の教科書を整理していると墨で塗りつぶされた教科書が出てきました。昔、授業で習った事がある方もいると思いますが戦後すぐに進駐軍の指示により戦意高揚を書いている文章などを墨で塗りつぶして読めないようにしたものです。その教科書を見ていると何か考え深いものがありました。戦争に負け、1945年から1952年の間は実質的に日本は連合国の植民地でしたので連合国(アメリカ)の言うことは絶対だったと思います。その絶対的な力が日本の未来をつくるであろう子ども達に「君たちの国の大人がやってきたことは間違いだったんだよ」と昨日まで学んでいたことを今日すべて否定されるとはどのような気持ちだったのでしょうか。私たちの祖父母・両親が焼け野原のこの国を世界有数の経済大国にまで成長させてくれました。しかし、この国のアイデンティティは今も黒く塗り潰されたままなのかもしれません。歴史は繰り返すと私は思っていますので、また今の子ども達の教科書を黒く塗りつぶす日が来ない様に私たち大人が少し「国との向き合い方」を考えないといけないのかもしれませんね。何が良くて何が悪かったのか、その国の人びとがその国の歴史を見直さなければならないのではないのでしょうか。再びあの悲惨な戦争を繰り返さないためにも。

このストーンズのPV、ぶっ飛びすぎてて意味わかんないです。     The Rolling Stones – Start Me Up

 

since 2014