独逸国皇帝建立記念碑拓本 全国商船遭難救助顛末書

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2016.11.28 掲載商品の為、品切れの場合がございます。

タイトル:独逸国皇帝建立記念碑拓本並全国商船遭難救助顛末書

著者:宮古郡教育部会
発行年:昭和11年
備考:紙袋・『独逸国商船遭難救助並同国皇帝建碑顛末書』付。
サイズ:約180cm×70

解説:1873年(明治6年)7月、中国福州を出港したドイツ商船ロベルトソン号は、航行中台風に遭遇して漂流し、太平山島上野村(現在の沖縄県宮古島市上野)近くの海岸に座礁しました。ロベルトソン号の遭難に気づいた島民はすぐさま乗組員の救助活動を行い、その後約1ヶ月にわたって彼らの世話をし、無事本国へと帰国させました。
この島民の厚意に対し、2年後の1875年(明治8年)10月、ドイツ皇帝ヴィルヘルム一世(Wilhelm I)から日本政府に対して、島民への感謝の意を込めて記念碑建立の申し出がありました。日本政府はこれを快諾し、翌年3月ドイツ巡洋艦により同地に資材が運び込まれ、記念碑が建立されました。この記念碑には、島民に対する感謝を表す碑文が漢文とドイツ語で刻まれており、現在も「博愛記念碑」として当時のままの姿を伝えています。また島民には、ドイツ皇帝から金時計や望遠鏡などが贈られたとの記録も残っています。これら記念碑建立等に関する記録は、外務省記録「琉球藩太平山島ニ独国漂民救助記念碑建立並島民ヘ謝物贈与一件」に含まれており、その主要な記録は『日本外交文書』第8巻(明治8年)「琉球太平山島ニ独国難船救助記念碑建立ニ関スル件」に採録されています。
なお、1936年(昭和11年)11月には、同地にて記念碑建立60周年の記念式典が開催され、近衛文麿揮毫による「独逸商船遭難之地」碑が新たに建立されました。当時は日独防共協定成立の直前期にあたり、この式典は日独親善ムードの高まりに一役買うこととなりました。これら60周年式典関係の記録は、外務省記録「各国記念建設物関係雑件 在本邦ノ部」および「帝国記念日関係雑件」に含まれています。

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